沖縄県・西表島
『自然を守る人々』 ー ジャングル、サンゴの海、そして地域密着の研究者 ー
島の人たちが「地球研」と呼ぶ研究所がある。正式には「総合地球環境学研究所」といい、常勤と非常勤を合わせ、研究スタッフが10名ほどいる。西表島の動植物はもちろん、産業や社会構造などの研究を進める。最終目的は、研究成果をこの島の発展に結びつけること。だから研究者は島の様々な人と積極的に関わり、地域の問題をともに考えることもいとわない。いわば西表島の強力な応援団ともいうべき存在だ。
私は2008年8月、地球研の研究者のサポートもあって、自然を愛するすばらしい人たちと出会うことができた。自然と共生しようとするその実践を紹介する。
(『島へ。』海風舎 2009年3月号に掲載)
サンゴを守る
自然と人を近づける海……笠井雅夫さん
ダイビング前に海についてレクチャーする笠井雅夫さん白砂と水の透明感、そしてサンゴがつくる、独特の明るい海の色彩。その美しさは抜群というほかない。そんな海が直面しているのが、海水温の上昇によりサンゴが死滅して白くなる「白化現象」だ。私はそのことが気になり、ダイバーの笠井雅夫さんを訪ねた。
笠井さんは33年前、兵庫県宝塚市からこの島にやってきた。そして海に魅せられた。営むダイブショップは地元でも古株で、私は彼に海中の案内をお願いした。
「ポイント名はヨナ曽根。深さはマックスで18メートル。かつてオニヒトデに食われてサンゴがなくなった場所です」。
潜水の直前、ボートの上で笠井さんが、私を含む数名のダイバーを前にレクチャーをはじめた。
「サンゴがきれいに見えるのは、褐虫藻という植物が共生しているから。光合成をしてつくった養分を、サンゴはもらっています。ところが水温が30度以上になると褐虫藻が出て行ってしまう」。
養分がもらえなくなったサンゴは、やがて死んでしまうという訳だ。それが白化現象の正体だ。笠井さんによると、2008年夏の水温は28度で、サンゴには影響がない。
海に飛び込んだと同時に、水面下に広がる別世界。揺れる水面を透過して届く太陽光が、淡い黄、青、紫などの枝状やテーブル状のサンゴをキラキラと照らす。そんななかをカラフルな小魚が機敏にパッと舞う。
海底の谷底には、白い残骸が沈んでいた。死滅したサンゴで、他の場所では目立たない。2007年には顕著だったという白化現象は、すでに見られないという。
サンゴの危機は、それよりもっと以前にもあった。1983年からその翌年にかけて、大発生したオニヒトデがサンゴをほとんど食いつくした。しかし、7〜8年で元に戻った。また、台風もサンゴを破壊する一因だという。
笠井さんらがつくる地元のダイビング組合では、継続的にオニヒトデの駆除をしている。にもかかわらず、2007年あたりから再び目立ちはじめたと笠井さんは心配する。
「目標を掲げて何人来たかというようなマスツーリズムはごめんですね。自然に依存する仕事で、バカ儲けなんかしてはいけない」。
美しい海があっての自分の仕事なのだと謙虚に考える。
「一番いい状態のサンゴを見てもらいたいですね。最近、自然と人との距離がずいぶん空いている気がするけれど、それをこの海で取り戻してもらいたい。それが僕らの仕事の意義だと思います」。
確信ある笠井さんの言葉は力強かった。
ジャングル清掃
自然を知り、自然から学ぶ……森本孝房さん
ゴミ拾いの出発前に子どもたちに声をかける森本孝房さん 「ティッシュが落ちていたらウンチしたやつだから。それは挟むやつで取ろうな」。
観光船から下りたばかりの子どもたちに、森本孝房さんは言った。子ども会主催の行事「浦内川クリーンデー」に、12名の親子の一人として参加する森本さんは、西表島でプロのガイドとして活躍する。
浦内川はこの島最大の川。ジャングルのなかを手つかずの状態で蛇行する。河口から出る観光船が少し上流まで客を運び、その先は歩けるだけの山道となる。その道沿いのゴミを拾ってゆく。
「浦内川にすんでいる魚は約400種。日本の清流といわれる四万十川でさえ120種で、太平洋の島では最も多いんだよ」。
ゴミを拾いながら、森本さんは島の自然の魅力を話す。
「いま鳴いたのはカンムリワシだからね」。
「オキナワウラジロガシのこの穴のなかで、ときどきイノシシやヤマネコが休むんだ」。
「この森は、大きな木や小さな木、そして下草や落ち葉が乾燥を防ぎ、根は赤土が海へ流出するのを防いでいるんだ。表土がないのは、照葉樹が多く秋に紅葉して大量に落ちないことや、温かくて落ち葉の分解が速いから。森の養分はマングローブや干潟の生物が吸収し、さらに海へ出て魚やサンゴの栄養になる。赤土が海に入ると、光合成ができずサンゴが白くなって死んでしまうんだ。自然のすべてのものに役割があり、支え合っている。つまり、すべてのものに意味や理由があるんだよ」。
途中スコールに見舞われたものの、ちょうど昼には折り返しとなるカンピレーの滝に到着した。ここまでは一般の観光客も大勢訪れる。
汗だくの森本さんが、落ちてくる水に打たれて見せた。今度は水たまりに足を入れて、エビをおびき出して見せる。何人かの子どもがまねをして、ずぶぬれになって遊んだ。この行事の本当のねらいは、自然に親しみながら自然を知る方法を子どもたちに伝えることだったのだ。
森本さんは言う。
「西表島のすばらしい自然を、実感として子どもたちに分かってもらい、命の大切さやそのつながりを知ってほしい」。
子どもの頃に自然に親しみを感じれば、簡単に木を切ったり、ゴミを捨てたりする大人にはなるはずがない。
手編みの民具
天然素材に命吹き込む……星公望さん
自宅の工房でひしゃくを編む星公望さん 「南国で育つソテツの実で笛ができるし、クバ(ビロウ)を使えばバケツやひしゃくができる」。
手編みの日用品があふれる仕事部屋で、星公望(きみもち)さんはそう言った。西表島に自生する植物で、かごやバッグ、敷物などをつくる名人だ。自然の素材が持つ優しさ、柔らかさに加え、星さんの手にかかる日用品には命が宿る。
草木細工をはじめたきっかけは、中学時代にさかのぼる。
「古いものからちょうど新しいものに変わる時代で、ゴミ捨て場から拾ってきたさ。火をつけられる前に……」。
そのなかに、ふたのある竹かごがあった。食べ物を入れるために使われていた日用品だ。それを見よう見まねでつくってみたら、一ヶ月もかかった。
星さんは収集した現物を見ながら、他の民具の復元と保存をはじめた。そんな作業のなかで、先人の多くの知恵と技術を知ることになる。
星さんが集めた手づくり民具の素材 一通りの復元ができた今、星さん流の民具や玩具を新たに製作するようになった。
「昔のままでは使い道がないものも、少し手を加えればいいものができる」。
星さんは、そんな手応えを感じている。
最近、神奈川で行っている草木編みの展示会と講習会がとても好評だ。地球にやさしい手作り文化が、島から遠く離れた都会で評価が高まっている。
「後継者をつくるため、地元の小学校で講習会を開きたい。島のよさを知れば、一度島から離れてもいつか戻ってきてくれる」。
草木編みの良さを一番知ってほしいのは地元の子どもたち。それが西表島で生まれ育った星さんの願いなのだ。
西表カフェ
風力発電のプロペラ輝く……満留隆一さん
西表カフェのエコロジーの象徴である風力発電のプロペラ 濃紺の空と山の緑を背景に、風力発電の純白のプロペラが回っていた。「西表カフェ」開店2年目にしてできたエコロジーの象徴。しかし、それはスタートラインを一歩踏み出したに過ぎないと、満留隆一さんは考える。
鹿児島県生まれの満留さんは、高卒で京都の会社の設計部に就職した。20歳のときに辞めてニューヨークへ。渡米中にみた夢がきっかけで、半年後に帰国してファッション業界に入社。モデル、クラブDJなども経験した。東京へ異動のあと、フリー契約に。その直後、有名スポーツ用品メーカーから特殊任務を請け、このとき多くの芸能人や映画監督などと出会った。華やいだ仕事の陰で、そうでない仕事にも就いていたという。
豊かな経験の一方で、何をしたいか悩む自分と向き合っていた。20代も終わりのことだった。そのとき人生を変える言葉に出会う。
「やりたいことをやりなさい。見つかっていないのであれば探し続ければいい。それは心の病気と一緒でピンとくればすぐ見つかるものだし、長い恋愛と一緒で時間をかけた分だけいいものが見つかる。だから探し続けなさい」。
「大丈夫なんだ。いま分からなくても……」と思うと心が楽になり、人を喜ばせることをしたいという自分に気づく。
西表島にはその頃、頻繁に通っていた。よき理解者と仕事、遊び、ファッションのことなどを話すうち、想いが形になってゆく。それが西表カフェだった。支援してくれる友人やその仲間が、ホッとくつろげる場所をつくろうと思った。
この島で飲食店をはじめてから、ゴミなどの環境問題を考えるようになった。ちょっと贅沢ななかにも循環の仕組みの必要性を感じ、使い捨てのないカップをつくって島の集会所にも置いてもらった。
2008年夏、稼働をはじめた6基の風力発電はカフェだけでなく、レンタカーとして準備した電気自動車の電源としても機能をはじめた。
「僕のやりたいことは、この島のいいものに、時代に合ったデザインを取り入れることです」と満留さん。島の伝統や自然を守るためには、新しい視点やアイディアとの調和が必要な時代が来た。満留さんは、それを西表島で実践に移した。
地球研
プロジェクト終了後も島に住む……高相徳志郎さん
大富地区の共同売店に関する会合に参加する地球研の高相徳志郎さん(右手前)と萩原なつ子さん(左手前) 島のよき伝統や美しい自然が守られ、うまく活かされるかどうかは、その地域に根ざす人々の思いにかかっている。地球研は島の多くの人に、調査・研究に基づく情報を積極的に提供してきた。それが人と自然との調和に役立つよう、地域の人と交流も深めてきた。
地球研の研究者である高相徳志郎さんはこれまで、地元の小・中学校で出前授業を開いて自然の話をしたり、あちこちの集落の会合に出向いては問題解決のアドバイザーを引き受けたりしてきた。そうした地球研のプロジェクトも、2009年3月で6年の期間を満了する。
「コミュニケーションがやっと深まってきたのに、継続しなきゃ意味がない」と言う高相さんは、プロジェクトが終了しても西表島に住み続けるという。
星さんの手づくり民具を広げるため相談する高相さんと萩原さん 植物学が専門の高相さんは、自分の知識を子どもたちに伝えることで、将来さらにエコツーリズムを定着させて、質の高いガイドを育てたいと考えている。それがこの島の産業の安定、若者の定着につながるとの思いからだ。
「日本のあちこちの島に地球研があったなら……。この種の研究活動が、大学には縁遠い離島のような地域で増えてくれれば……。そうすれば、この国はとてつもなく元気になるに違いない」。
私は、そんな思いを強くして、28年ぶりの西表島をあとにした。
DATE
笠井雅夫さんのダイブショップ
Mr. SAKANA Diving Service
沖縄県竹富郡竹富町上原657 電話0980-85-6472
森本孝房さんの事務所
西表島バナナハウス
沖縄県竹富郡竹富町上原870-105 電話0980-85-6175
星公望さんの工房
草木細工 星工房
沖縄県竹富郡竹富町西表646 電話0980-85-6224
満留隆一さんのカフェ
西表カフェ
沖縄県竹富郡竹富町上原868 電話0980-85-7068